公演前勝手な思い込みレビュー&私見
手話と朗読によるシンプルな芝居
「ヴァギナ モノローグス」がこの夏に公演が
六本木俳優座劇場にて行われる。
詳細はこちらをごらんください。
http://www.sapazn.net/TVM.html
この芝居の朗読に西田夏奈子さんが出演、そして制作に
廣川麻子さんがいる。共に友人である。
「アメリカ人作家のイヴ・エンスラーが、年齢、人種、職種
様々な女性にヴァギナについての記憶や思いをインタビューした
モノローグ芝居。ユーモアとペーソスを交えて語られるセックス
出産、オーガスムなどなど、おかしくも切ないエピソードの数々・・・」
という言葉がフライヤーに記されている。
勉強不足な僕はどういう感じになるとか、詳細が把握しにくいのだが
興味深いのは、やはり手話と朗読というコンテンツの絞込み、
そしてその内容をどのように縦横無尽に表現していくのか?
そして舞台空間をどのように演出していくのか?
(単に時間軸、空気、構成という意味ではなく)
空間の周波数をどのようにして超えていくのか?
これらのことにとても関心がある。
そしてもちろんスタッフは全員女性。
そのことからも公演に大きな
「一体感」を求めようとする姿勢がうかがえる。
フライヤーにも単に「芝居」「演劇」ではなく
きちんと「手話×朗読」としているところで
公演に興味を持つお客様にもとても伝わりやすい表記だ。
「×(かける)」プラスではなく掛け算であることも
演出、プロデューサーの心意気を感じる。
そしてフライヤーのデザインが美しい。
男性女性、そういう「性」を超えたところに到達したいのは人間の理想だ。
だが、身体の自由さ、不自由さ、心の自由さ、不自由さ、
そしてその時間差、温度差、男性は女性に接してて
決してセックスだけでなくそのようなことを感じるはずだし
女性は男性に対して理解されなかったりすることに苛立ちを感じる
こともあるだろう。
感情の束縛が感性の束縛を招き、そこに生まれる軋轢が
人間として、共生している男女、というふたつしかない性を
分断してしまう。
またその逆はあまりありえないこととして一般的な
常識と「化」されてしまう。
時間差は「過去」として扱われ、温度差はそのまま心身へと移行する。
その繰り返しが自由、不自由の境界線すら盲目にしてしまっている
ことも大いにありうるのだ。そしてそのことに気がつかないふりをする。
だからきっと「性」を超えたところに到達したいという理想が
生まれるのでは?と思っている。
ヴァギナ、女性器、身体のパーツ、単純にそう捉えきれないところが
人間だろうし、それが人間として生きていくことの面白さであり
醍醐味でもあると僕は思う。
いつも、受け入れることが、包み込むことがほとんどの女性、
その中で多くの女性は何を感じ、思い、したのだろうか?
「悲しい性」と比喩されがちなこのテーマだが
きっと隠されたところにある意味の面白さを内包しているに
違いないだろうと僕は推測する。
それがどこに出てくるのか?
様々な人間ドラマという軽いものではなく
リファインドな部分からトータルへと導く鍵を探す楽しみもある
今回の公演、内容は乞うご期待。
あと、まったくの私見(1)だが、
もし人間にオーガスム(例えば、ありえないが身体だけでの)
そしてそれが特に性器を介して得るオーガスム(狭い意味での)
これがもし存在していなかったら
人間はここまでシンプル且つ複雑な感情を得ることはないだろうし
果たして人間として、人として、或いは生き物として
どのような生物になっていただろうか?
そのことを考えるのだが、とてもイメージしにくいのだ。
そしてまた私見(2)(笑)
男性は心して観にいくように(笑)
僕も襟を正して観にいきます。
そして私見(3)
人間は多くの場面において満たされてはならないし、
満たしてもいけない。
ちょっと意地悪なのだが…
お時間ございます方、おすすめです。
ご覧くださいませ。
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